名古屋高等裁判所 昭和42年(う)146号 判決 1968年7月17日
本店所在地
名古屋市東区小川町三八番地
(ただし、起訴当時における本店所在地 同市中村区則式町二丁目一〇番地)
大冷工業
株式会社
右代表者代表取締役
大場恒晴
本籍
愛知県豊橋市菰口町六丁目四〇番地
住居
同県同市菰口町五丁目一一番地
会社社長
大場恒晴
大正一三年一〇月一六日生
右の被告会社大冷工業株式会社および被告人大場恒晴に対する各法人税法違反被告事件につき、名古屋地方裁判所が昭和四二年一月二〇日言い渡した各有罪判決に対し、原審弁護人から適法な控訴の申立があつたので、当栽判所は、検察官船越信勝出席のうえ、審理をして、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は、これを二分し、その一を被告会社大冷工業株式会社の、他の一を被告人大場恒晴の各負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人加藤博隆、同富島照男、両名共同作成名義の控訴趣旨書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。
控訴趣意第一点の一(訴訟手続の法令違反を主張する論旨)について。
所論は、要するに、法人税逋脱罪の公訴事実としては、単に申告所得金額と真正所得金額を記載するのみでは足りず、当該年度の所得を構成する各勘定科目毎に、真正所得金額と申告所得金額の双方を記載して逋脱金額の内容となるべき各勘定科目を明確にすべきであるにかかわらず、本件起訴状の公訴事実には、漫然真正所得金額および申告所得金額の各総額を記載し、その差額を逋脱金額としたに止まり、逋脱金額の内容となるべき各勘定科目を明確にしておらず、また、原判決も、その罪となるべき事業の摘示において、右と同様の判示方法をしており、これらの各判示方法は、それぞれ刑事訴訟法第二五六条および同法第三三五条の趣旨に反し、不十分であり、かつ、違法である。というのである。
よつて、案ずるに、なるほど、法人税逋脱罪の起訴にあたつて、その公訴事実として、単に申告所得金額と真正所得金額を記載するだけでなく、当該年度の所得を構成する各勘定科目毎に、真正所得金額および申告所得金額の双方を記載して、各勘定科目毎に逋脱金額を明らかにすることは、被告人の防禦および争点を明確にする点において望ましいことであるかも知れないが、法人税逋脱罪の公訴事実として、当該年度の所得を構成する各勘定科目毎に、真正所得金額および申告所得金額の双方を記載しなければ訴因の特定ができないというものではなく、むしろ、これらの点は、冒頭陳述ないし立証の段階において明らかにすれば足るものと思料される。そして、法人税逋脱罪の公訴事実ないしその罪となるべき事実の記載としては、当該法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者が偽りその他不正の行為により法人税を逋脱した事実関係、すなわち右両者の間に因果関係の存することが認められる程度に判示すれば足り、必ずしも、所論のごとき点まですべて具体的に逐一詳細に判示する必要は毫もないものと解する。これを本件についてみるに、本件記録に編綴された起訴状の公訴事実および原判決書によれば、右公訴事実および原判決は、それぞれ被告会社の代表取締役である被告人大橋が同会社の業務に関し、同会社に対する法人税の一部を免れようと企て、昭和三六年一〇月一日から翌三七年九月三〇日までの事業年度における右会社の総所得金額が三。二四九万三〇〇円、その法人税額が一、二三四万九、一二〇円であつたのにかかわらず、架空外註加工費の計上、棚卸商品の一部除外などの不正経理につよつて、その所得の一部を秘匿したうえ、昭和三七年一一月三〇日所轄の名古屋市中村区牧野町六丁目三番地所在の名古屋西税務署長に対し、所得金額は一五七〇万三、七〇〇円、その法人税額は五九七万二六〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて被告会社の右事業年度における正規の法人税額一、二三四万九、一二〇円と右申告税額五九七万二六〇円との差額中六三七万七、三三〇円を逋脱した旨判示しており、右の程度をもつて十分その事実関係が明示されており、訴因の特定にもなんら欠けるところはないから、右の判示をもつて、これが刑事訴訟法第二五六条および同法第三三五条の越意に反するとの非難は当らない。論旨は理由がない。
控訴趣意第一点の二、三(事実誤認ないし法令の解釈、適用の誤りを主張する論旨)について。
所論は、要するに、原判決が、被告会社の原判示事業年度における真実所得と申告所得との差額全部について、被告会社および被告人大場において、法人税逋脱の認識があつたものと判断し、原判示事実を認定し、被告会社および被告人大場をそれぞれ改正前の法人税法第四八条第一項の法人税逋脱罪等に問擬したのは、事実を誤認し、ひいて右法令の解釈適用を誤つたものであるというに帰着する。
しかしながら、原判決挙示の証拠(ただし原判決の「証拠」の欄中可児宏の検察官に対する供述調書二通とあるのは可児宏の検察官および検察事務官に対する各供述調書一通の、また沢村茂樹の検察官に対する供述調書二通とあるは沢村茂樹の検察官および検察事務官に対する各供述調書一通のそれぞれ誤記と認める)を総合すれば、原判示の罪となるべき事実は、所論の法人税逋脱の犯意の点に至るまで、すべてこれを認定するに十分である。所論は、被告会社が原判示の名古屋西税務署長に対し、原判示の法人税確定申告をなすにあたり、五五四万円相当の商品の在庫洩れのあつたのは、当該年度より一定台数以上の在庫品に高率の物品税が課税されることとなつたため、在庫品の一部を「仕掛工事科目」と「原価勘定科目」に分けて記載したまでであつて、右は計理上の操作に過ぎず、これが改正前の法人税法第四八条第一項にいう「偽り、その他不正の行為」に該当しないのは勿論、右の「仕掛工事科目」に振りかえられた部分については、同科目が資産勘定科目である以上、損益計算上においてなんらの影響もないから、同部分については、法人税逋脱罪は成立しない。また「原価勘定科目」に振り分けた部分についてはこれが負債勘定科目であるため一時的に当該年度の利益の減少を来たすことはあつても、次年度においては、同額の利益の増大を見るのであるから、結局二年間を通算すれば、被告会社および被告人大橋は一銭の税金をも逋脱していないことになる。それ故単に当該年度において一時的に所得の減少を来たしたにすぎない被告人大橋の所為に前記法人税法第四八条第一項の法人税逋脱罪の犯意を認めることはできない旨主張するので案ずるに、なるほど、原審第四回公判調書中には証人沢村茂樹の供述として、また同第五回公判調書中には証人可児宏の供述として、同第八回公判調書中には、被告人大橋の供述として、更に当審第三回および同第四回各公判調書中には、それぞれ証人沢村茂樹の供述として、所論に添うような記載が存するが、これらの各供述記載は、原判決挙示の証拠、特に、沢村茂樹の検察事務官に対する第二回供述調書中の前同人の供述記載(記録第四九六丁以下)、右沢村茂樹の大蔵事務官に対する質問てん末書中の前同人の供述記載(記録第四八五丁以下)、右沢村茂樹提出の昭和三八年五月八日付および昭和三九年一〇月三一日付各上申告(記録第四六〇丁以下および同第四七七丁以下)、可児宏の検察事務官に対する第二回供述調書中の前同人の供述記載(記録第四五五丁以下)、可児宏の大蔵事務官に対する質問てん末書中の前同人の供述記載(記録第四三四丁以下)、右可児宏提出の昭和三九年一〇月三〇日付上申書(記録第四三三丁)、被告人大場の検察官に対する昭和三九年七月二七日付供述調書中の前同被告人の供述記載(記録第一六一二丁以下)、被告人大場の大蔵事務官に対する各質問てん末書中の前同被告人の供述記載(記録第一五〇一以下)および被告人大場提出の昭和三九年一〇月三〇日付上申書(記録第一四八二丁以下)に照らし、たやすく措信できず、他に所論を肯認するに足る措信し得る証拠はなく、却つて原判決挙示の右各証拠に徹すれば、所論の商品の在庫洩れは、被告会社および被告人大場において、所論の物品税は勿論、本件法人税をも併せ逋脱する目的意図のもとになされたものであることが明らかであるから、被告会社および被告人大場において法人税逋脱の認識がなかつたというわけにはいかない。そして改正前の法人税法第八条によれば、「法人税の課税標準は各事業年度の所得金額による」と規定されており、また同法第九条によれば、「内国法人の各事業年度の所得は、各事業年度の総益金から総損金を控除をした金額による」と規定されており、更に、同法施行規則第六条によれば、法人が前期から繰り越した益金または損金は、各事業年度の所得の計算上、これを益金又は損金に算入しない旨を明定しているのであるから、所論のように法人税逋脱の犯意の有無を決するに当り、数事業年度を通じて考うべきものではないことはいうまでもない。また、かりに被告会社および被告人大場において、被告会社の当該事業年度の利益を次年度に繰越しても、結局該次年度にその利益に対する税金を支払えば、差し支えないものと考えていたとしても、それは法人税法に関する誤解というべきであつて、前記法人税逋脱の認識の存在を肯認するの妨げとなるものではない。次に、所論は、原判決は、被告会社の会計処理の誤りによつて発生した買掛金の過大計上を違法と判断しているが、右買掛金の過大計上は単純な計理計算上の過誤によつて生じた数額の誤りに過ぎないから、当該部分については、被告会社および被告人大橋において、法人税逋脱の犯意を欠く旨主張し、原審第四回公判調書中には、証人沢村茂樹の供述として、同第五回公判調書中には証人可児宏の供述として、また同第七回公判調書中には、被告人大場の供述として、更に、当審第四回公判調書中には、証人沢村茂樹、同可児宏の各供述として、所論に添うような記載があるが、これらの供述記載は、原判決挙示の証拠、特に、沢村茂樹の大蔵事務官に対する質問てん末書中の前同人の供述記載(記録第四八五丁以下)、沢村茂樹提出の昭和三八年五月八日付上申書(記録第四六六丁以下)、可児宏の検察官に対する昭和三九年七月二五日付供述調書中の前同人の供述記載(記録第四五二丁以下)、可児宏の大蔵事務官に対する昭和三八年一〇月一一日付質問てん末書中の前同供述人の記載(記録第四四九丁以下)、可児宏提出の昭和三八年四月一八日付上申書(記録第四二三丁以下)、被告人大場の検察官に対する昭和三九年七月四日付供述調書中の前同被告人の供述記載(記録第一六〇二丁以下)、被告人大場の大蔵事務官に対する昭和三八年一〇月四日付質問てん末書中の前同被告人の供述記載(記録第一五八四丁以下)、被告人大場提出の昭和三八年九月二七日付および同年一〇月三日付各上申書(記録第一二五〇丁以下および同第一四七四丁以下)に照らし、たやすく措信できず、他に所論を肯認するに足る措信し得る証拠はなく、却つて、原判決挙示の右各証拠に徹すれば、被告人大場は昭和三六年一二月六日ごろ被告会社の経理担当者可児宏から被告会社の前年度における会計処理の誤りにより新三菱重工業株式会社からの買掛金が二重に計上されていることを聞知したが、直ちに法人税の修正申告の手続をしようともせず、却つて昭和三七年二月ごろ豊橋税務署員によつて税務調査が行われるや、前記可児宏らに対し、右税務署員らによつて前記二重計上が発見されないようにうまく言い逃がれるよう指示し、前同可児宏は右指示に従つて、そのころ新三菱重工業株式会社から送付を受けた昭和三六年九月分の請求書を正規の書類綴から取りはずし、自己の机の引出に別途秘匿保管し、また、新三菱重工業株式会社からの買掛過大分については、決算書から除外して、これを他の架空買掛金等に振替えるなどして、これを正当化しようとしていたことが認められるから、所論の買掛金の過大分について、被告会社および被告人大場において法人税逋脱の犯意がなかつたというわけにいかない。所論は、また、原判決が違法と判断した簿外貸付金のうち、(1)六五万七、四四〇円は、被告人大場が被告会社の利益を計るためになした株式の売買によつて生じた損失であつて、当然損金として計理上処置さるべき性質のものであるから、これを被告人大場に対する貸付金とする根拠はない。(2)金一一万七、一〇〇円は、被告人大場が被告会社の資本を充実させるために振込んだ株式振込金であつて、それによつて取得した株式は被告会社の所有であつて、被告人大場の所有でないから、右金員も尚貸付金という性質のものではない。(3)金五六万円は、被告会社の従業員羽田野道夫の使い込み金が回収不可能であるのにかかわらず、これを貸付金として計上しないで損金として処理し去つた点を犯則とされたものであるが、被告人大場は、右の使い込み金を損金として落し、他方使い込み金が返済された都度これを雑収入として処理しようと考え、現に入金のあつた分は、これを簿外預金に入金し、簿外経費に当てており、被告人大場が右の処理をなすにつき、本来損金にならないことを認識していながら、損金として処理したというがごとき非損金性についての認識を欠いたものである。更に(4)山口時子に対する貸付金のうち、五〇万円が簿外預金から貸付けられたという確たる証拠はなく、また仮に簿外預金から支出されたとしても、同預金が昭和三七年度に発生したものであるが否か、すなわち、所得帰属時期について、被告人大場はその認識を欠いているので、法人税逋脱の犯意がない。それ故、右の(1)ないし(4)については、いずれも犯罪は成立しない旨主張し、原審第四回公判調査中には、証人沢村英樹の供述として、原審第五回公判調書および当審第四回公判調書中には、それぞれ証人可児宏の供述として、また原審第七回および同第八回各公判調書中にはそれぞれ被告人大場の供述として、所論に添うような記載が存するが、これら供述記載は、原判決挙示の証拠、特に、被告人大場の大蔵事務官に対する昭和三八年七月二二日付、同年七月二五日付、同年八月五日付各質問てん末書中の前同被告人の各供述記載(記録第一五一六丁以下、同第一五二〇丁以下、同第一五五七丁以下)、同被告人提出の昭和三八年五月一日付、同年九月二八日付各上申書(記録第一〇一四丁以下および同第一三二九丁以下)、山口時子提出の上申書(記録第五一二丁以下)、押収にかかる手帳一冊(証第三〇号)に照らし、たやすく措信できず、却つて、原判決挙示の右各証拠を総合すると、所論(1)の金員は、被告人大場が被告会社と関係なく株式の売買取引をするため、被告会社の簿外預金から現金一〇〇万円を引き出し、同被告人が個人として株式売買をし、その結果生じた損失であることが明らかであるから、これを税法上貸付金と認定するになんら差し支えなく、また所論(2)の金員は、被告人大場が昭和三七年四月二〇日付で被告会社の増資をなすにあたり、同被告人が被告会社の簿外普通預金である岩橋あい子名義の普通預金口座から金一一万七、一〇〇を引出し、これを片井奎輔名義で株式払込金として振込み使用したものであるから、これまた被告会社の被告人大場に対する簿外貸付金と認定するになんら支障がなく、また所論(3)の金員は、被告会社のもと従業員羽田野道夫が昭和三六月二月ごろより同年九月ごろまでの間に売掛金を取引先より回収し、そのうち七二万円を使い込み費消したため、これを同人に対し貸付金としたが、同人に弁済能力がないので、同人の兄羽田野浩と話し合つて結果、同人と被告会社との間で抵当権設定金銭消費貸借契約公正証書を作成し、右金員を同人に対する貸付金としたが、公表帳簿にはこれを記載せず、右羽田野浩から回収した金員は、これを簿外経費または簿外預金として、これまた公表帳簿にはこれを計上しなかつたことが明らかであるから、右は簿外の貸付金であるといわなければならない。そして、また所論(4)の金員が被告会社の原判示事業年度内に被告会社の簿外預金かな貸付けられたものであることは前記証拠により明らかであり、しかも右証拠によれば、右金員は被告人大場が直接これを山口時子に手渡したものであることも亦明らかであるから、所得帰属時期について、被告人大場にその認識がなかつたというわけにいかない。それ故、被告人大橋において所論(1)ないし(4)の各所為につき、法人税逋脱の犯意がなかつたというわけにいかない。所論は、また、原判決が違法と判断した簿外売掛金洩れ、および減価償却引当金繰戻し金はいずれも単なる税務処理上の問題であつて、これらについては被告人大場において、その「益金性」の認識を欠いており、法人税逋脱罪の成立する余地がない旨主張し、原審第四回公判調書中には、証人牧原和義、同沢村茂樹の各供述として、同第五回公判調書中には、証人可児宏の供述として、同第七回および同第八回各公判調書中には、それぞれ被告人大場の供述として、更に当審第三回公判調書中には証人沢村茂樹の供述として、同第四回公判調書中には、証人可児宏の供述として、それぞれ所論に添うような各記載が存するが、これらの供述記載は、原判決拳示の証拠、特に被告人大場の大義事務官に対する昭和三十八年八月二日付質問てん末書中の前同被告人の供述記録(記録第一五五三丁以下)、被告人大場提出の昭和三八年九月二六日付(記録第一〇五九丁以下、同第一〇六五丁以下)、同年同月二七日付(記録第一一一四丁以下および同第一二五〇丁以下)各上申書および当審第五回公判調書中の証人石原民夫の供述記載に照らしたやすく措信できず、他に所論を肯認するに足る措信し得る証拠はなく、却つて、右証人石原民夫の供述に徴すれば、本件において、所論のごとき税務処理上の技術的な間違いとか、計理計算上の間違いないし税法上の知識の拙劣のために生じた間違いなどは、すべてこれを税法上の逋脱の対象から除外していることが疑われ、また被告人大場の経歴、社会的地位等を考慮すれば、同被告人が所論の各点につき、所論の「益金性」の認識を欠いていたものとは、到底認め難い。更に、所論は、原判決が違法と判断した簿外預金のうち、九四万八、一八九円は銀行利息であり、これは被告人大場の意思と無関係に独立して発生したものであり、また簿外入会金は昭和三六年九月末日以前に発生していた被告会社の簿外預金のうちから支出したものであつて、科目が簿外預金から入会金に変化したに過ぎず、被告会社の当該事業年度の所得とは無関係であり、被告人大場において、それぞれその所得帰属時期についての認識を欠いていたものであるから、前記法人税法第四八条第一項の法人税逋脱罪を構成しない旨主張するけれども、原判決挙示の証拠を総合すると、所論の簿外領金の利息は、被告人大場が法人税を逋脱する目的意図のもとに、その犯行の手段として、被告会社の売上金等の一部を公表帳簿に計上せず、架空名義による裏預金口座を設け、これに右売上金の一部を裏預金としていたために、これに伴つて当然発生したものであつて、これが被告会社の当該事業年度の所得の一部を構成することは明らかであるから、右の簿外預金の利息のみを捉えて、これが被告会社及び被告人大場の意思と無関係に独立して発生したものであるとの理由で法人税逋脱罪の犯意を否認することはできない。そしてまた所論の入会金が被告会社の当該事業年度の所得から支出されたものであることは、被告人大場の大蔵事務官に対する昭和三八年三月一九日付質問てん末書中の前同被告人の供述記載(記録第一五一〇丁以下)および可児宏の大蔵事務官に対する同年七月一五日付質問てん末書中の前同人の供述記載(記録第四三九丁)に徴し明白であるから、右入会金が被告会社の当該事業年度の所得と無関係であるとの所論は到底採用できず、右各証拠に徴すれば、被告人大場において、所論の入会金につき、法人税逋脱の犯意のあつたことは明らかである。これを要するに、被告会社および被告人大場において、所論の各点につき、法人税逋脱の犯意がなかつたものとは到底認め難く、一件記録および証拠に徹するも、原判決の事実認定に誤認のあることを認め得ないから、原判決が原判示事実を認定のうえ、これを所論の法条に問擬したのは相当であり、結局原判決には、所論のごとき事実誤認ないし法令適用の誤りがなく、本論旨も亦理由がない。
控訴趣意第二点(量刑不当を主張する論旨)について。
所論は、要するに、原判決の被告会社および被告人大場に対する各量刑が、それぞれ重過ぎて不当である、というに帰着する。
しかしながら、記録に現われた諸般の情状、特に、本件犯行の手段、方法が極めて巧妙悪質であると認められること、更には、本件犯行による逋脱税額が六三七万余円の多額にのぼることなど、量刑に影響すべき一切の事情を、当該被告人別に考慮すれば、原判決の被告人なに対する各量刑措置は、それぞれ当該被告人に関する所論の諸事情中、肯認し得る点を当該被告人の利益に斟酌しても、なお相当として是認すべきであり、これが所論のごとく重きに過ぎるものとは到底認められない。従つて、本論旨も亦理由がない。
よつて、本件各控訴は、いずれの点からしても、その理由がないから、各刑事訴訟法第三九六条に則り、これを棄却すべく、当審における訴訟費用は、同法第一八一条第一項本文に従い、これを二分し、その一を被告会社大冷工業株式会社の、他の一を被告人大場の各負担とすることとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田孝造 裁判官 脇本忠雄 裁判官 服部正明)
控訴趣意書
法人税法違反 被告人 大冷工業株式会社外一名
昭和四二年(う)第一四六号法人税法違反控訴事件につき弁護人より控訴の趣意を陳述する。
昭和四二年四月二七日
右弁護人 加藤博
同 冨島照
名古屋高等裁判所刑事第一部 御中
記
被告人弁護人は第一審第一回公判以来冒頭陳述書証拠説明弁論要旨等によつて本件起訴の不当性について詳細に記してきたところである。
しかるに原判決に弁護人主張の各争点については、何ら明確な判断を示さず唯漫然と証拠を羅列して起訴状記載の公訴事実をそのまま罪となるべき事実として認定している。
弁護人は御庁において以下に述べる諸点について十二分の御審理をたまわり論理的妥当性ある御判断をあほぎたく本件控訴に及んだ次第である。
第一点、原判決には法令の適用の誤り若しくは法人税法第一五九条の解釈を誤つた違法が存し且つ判決に影響すべきこと明かな重大な事実の誤認が存し破棄を免れない。
一(1)、本件において「被告人等が昭和三六一〇月一日から同三七年九月三〇日迄の事業年度(昭和三七年度)の法人税の申告において所得額が一五、七〇三、七〇〇円也である旨の申告をなしたことおよび該年度の真正所得額がこれを上回るものであつたこと」は争いがない。
(2) しかしながら、右申告額と真正所得額の差額全部につき、法人税法第四八条の犯意が存したとの点については弁護人において頭書よりこれを争つてきたところであり、争点の詳細は弁護人提出にかかる冒頭陳述書記載の通りである。
(3) 本来かかる法人税逋脱犯の起訴に当つては、単に申告金額と真正所得金額を記載することでは足りず、公訴事実としては該年度所得を構成する各科目毎に真正額及び申告額の双方を記載し以つて被告人の防禦及び争点を明確にすべきが至当である。
本件起訴状の記載自体からみても明かな通り、検察官は法人税逋脱罪における罪となるべき事実の把握の点において正確さを欠いているといわねばならない。
(4) 然るに原判決は弁護人の指摘をもかえりみず漫然「真正所得金額及び申告所得金額」の総額を認定しその差額を逋脱額を判示している。かかる逋脱犯についての罪となるべき事実の摘示方法としては、その逋脱金額についての犯意を認定することとの関係上、逋脱金額の内容となるべき各勘定科目を明確にすべきが至当であり原判決の判示方法は刑事訴訟法第二五六条及び第三三五条の趣旨に反し不充分であり且つ違法である。
二、法人税逋脱犯における罪となるべき事実の認識(即ち故意)とは何か――法人税法四八条一項(新法第一五九条一項)の罪が成立する為には、単に「真実と異る不真実の所得であることを概括的に認識して真実に反した申告をなすこと」だけでは足りず、更に左の通りの構成要件に対する認識がなければならない。(検察官はこの点につき同法四八条一項の罪が虚偽の申告をなしたのみで成立するとの誤つた理解をしている。「論告要旨一一枚目」)
(1) 真実所得と申告所得との差額の個人の金額科目について納税義務の存することを認識すること。
(東京地裁昭和三五、五、三〇判決「……逋脱犯は固より故意犯であるからその成立には常に納税義務の存することの認識が前提となるべきことは当然であり仮令被告人において全体としては、虚偽過少の申告をなしていることの認識があつたとしても、その内若干の勘定について納税義務の存することについての認識を欠いている場合にはこれらの勘定科目については逋脱の犯意なきものとして逋脱所得より控除すべきである。」直接国税関係刑事判決要旨集昭和三六年三四七頁)
(2) 偽りその他不正の行為に該当する事実の認識を要すること。
ここにいう「偽りその他不正の行為」とは単に「真実と異つた所得を申告すること」では足りず、申告以外に例えば二重帳簿の作成とか仮空伝票、仮空領収書の作成等をいう不正の行為が存在することを要すると解すべきである。
(3) 逋脱行為による逋脱の結果発生の予見可能性、
(4) 益金性、非損金性、所得帰属時期の認識、
「或収入、或支出が税法上益金となるのか損金となるのか」とか或収入が当該年度の所得になるのかどうかなどという点についての判断は租税法規の複雑さと頻繁な改正の故に容易に之を行うことが困難である。
従つて不真実申告による逋脱犯が成立する為には被告人において当該収入が明かに益金に帰することを認識しているのに之を益金として計上せず又明かに損金にならないことを認識しているのに之を損金に繰り入れ、或いは当期所得であることを認識しているのに之を翌期所得であるかの処置をとるなど「益金性、非損金性、帰属時期」についての明かな認識が必要とされねばならない。(横浜地栽昭和二五、五、四東京地裁昭和三五、七、二九判決……名高裁金沢支部昭和三五、三、一七)
本件においては起訴金額のうち以上述べた意味においての逋脱の認識があつた金額は六五五七〇五四円であり、その余の金一〇、二二九、五五八円については逋脱の認識は存せず従つてこの部分につき(旧)法人税第四八条の罪は成立しない。
然るに原判決は同法同条の解釈又はその適用を誤り、漫然と客観的所得額との差額を逋脱額と認定する違法を犯している。
三、各論
(一)、在庫漏(冒陳二、1について)
(1) 冒頭陳述書に主張した通り金、五五四万円相当の在庫漏れが発生したのは、該年度より物品率が課税されることとなつた為、現実在庫品の一部を「仕掛工事科目」と「原価勘定科目」に振り分ける計理操作をなした結果に外ならないことは被告本人尋問、可児、沢村、の各証言より明かである。
(2) しからばかかる計理操作が(旧)法人税法四八条一項の「偽りその他不正の行為」に該当し且つ同計理操作が法人税を逋脱する結果を招集させるか(因果関係があるか)否か或いはかかる行為が前述の如き本犯罪成立の要件たる益金性の認識ある行為と目されるか否かは検討されねばならない。
(3) 右のうち仕掛工事に振りかえられた部分については、同科目が資産勘定科目である以上損益計算上何等の影響を及ぼさず従つて之について逋脱犯は成立しない。
(4) 更に「原価勘定科目」に振り分けた部分については之が負債勘定科目である為一時的に当期の利益の減少を来たすことは争いなき事実である。しかしながら右については冒陳記載の通り次年度において同額の利益の増大を見、結局二年間を通算すれば、被告人は一銭の税金をも逋脱していないことになるのである。
現に弁一、二号証、同三号証の一乃至四によつて明かな通り被告会社は真実の所得に合致した税金を納付済である。
(詳細については証拠説明書記載の通りであるので之を援用する)以上の如き適正な税金を納入する意識が存し単に当該年度に一時的に所得の減少を来たしたにすぎない被告人の行為に同法四八条一項の故意を認めることが出来るのであろうか。
検察官は之の点につき所得税に例をとつて結果の不合理性を指摘されるが法人税は所得税と異り累進課税制度を採らず一率課税制度をとつているのであるから、所得税におけるが如き不合理は発生せず、却つて法人税法は課税方法の便宜さに着目して、一応の期間損益制度を採用しているが青色申告制度における五年間の損益通算の原理にも表れている通り、又弁第一号証にも明かな通り近時期間損益にこだわらないという傾向にあるのであるから形式的な法の適用はもつとも之をつつしまねばならないところである。
以上の理由により在庫漏五五四万円については犯罪を構成しない。
(二)、買掛金過大
冒陳二、2に詳述した通りであり、被告人本人尋問及び可児、沢村両証言により証明充分である。
(三)、簿外貸付金、
(イ) 六五七、四四〇円也、
右冒陳二、3の項に明かな通り株式の売買損であり、同株式の売買は被告人大場が被告会社の簿外預金のうちより、会社の利益をはかる為の投資をなした結果、意に反して結果的に六五七、四四〇円也の損失を蒙つたというケースであつて、損金(雑損)として計理処置されるべき性質のものであつて、之を大場個人に対する貸付金とすべき根拠は全く存在せず、之を犯則行為とする検察官の真意を解し得ない。
現に右株式売却金は会社の簿外預金に入金されているのであるから「会社預金(一〇〇万)株式―値下り―売却会社預金(三四二、五〇〇円)」と単に会社資産が株の値下りによつて減少したにすぎなく、この間に被告人大場が個人的利益を得たり、背任的行為をなした事実は全く存在しないのである。
従つてこの点については被告人には右六五七、四四〇円也を益金(貸付金)として認識してなかつたのであり、且つ之を益金と認識しなかつたことについては、何等の非難されるべき反社会性は存しないのであるから犯罪行為とはなり得ない。
(ロ) 金一一七、一〇〇円也
片井奎輔名義で振込んだ株式振込金であるが、右は実質的は自社の資本を充当させる為、大場被告が片井名義を借りて自社株として振込んだもので大場個人の所有株ではない。然らば右振込証は当時から会社金庫に保管され且つ現在は弁八号証の一~四の如く従業員に配分され、その代金は会社帳簿に記載されている。
右に明かな通り同金員も又貸付金という性質のものでない。
(ハ) 金五六〇、〇〇〇円也、
右は従業員羽田野の使い込み金を回収可能であるに拘らず之を貸付金として計上せず、損金として処理し去つた点を犯則とされたものであるか、被告人は之を損金として落し、他方収入のあつた都度雑収入として処理しようと考え現に入金のあつた分は、之を簿外預金に入金し、これを預外経費に当てたものである。
(この点国税局においても認められている。)
従つて右の処理について被告人には、本来損金にならないことを認識していながら、損金として処理したというが如き非損金性についての認識を欠いたものであるから前同様犯則とはならない。
追つて以後は入金の都度雑収入として処理されている。
(ニ) 金、五〇〇、〇〇〇円也
山口時子貸付金が簿外預金から貸付けられたことについての証拠はなく、且つ仮に簿外預金から支出されたとしても、同預金が昭和三七年度に発生したものであるか否か即ち「所得帰属時期」について被告人が認識を欠いているので犯意なきものとして犯罪は成立しない。
(四) 簿外売掛金洩
本件冷房機が大場社長個人に対する売却でないこと。従つて同人が買掛金を負担していないものであることは冒陳二、7で詳述の通りであり弁第二号証の一、二弁第七号証及び被告本人尋問牧原証人の証言により明かである。
右は従つて研究費として損金科目に計上されるべきであり資産科目たる売掛金に計上さるべき性質のものではない。
従つてこの点について被告人において全く之を売掛金とする旨の認識を欠いており、前述のいう「益金性についての認識を欠く」場合の典型であるから仮に税務処理上、結果的には之を売掛金と処置すべきものであつたとしても、右は更正の対象にこそなれ犯則行為として処罰の対象とはなり得ないこと明白である。
(五) 減価償却引当金繰戻し
右は冒陳二、12に主張した如く単なる税務計算上の問題であり検察官の論告要旨によるも更正の対象にこそなれ、なに故これが犯罪を構成するのかその理解に苦しむ。
もしかかる行為を全て同法四八条一項に該当せんとするか税法に暗い一般企業者は全て犯罪者とならざるを得ない。
右については、被告人において「益金性」の認識を全て欠き逋脱犯の成立の余地は全くない。
(六) 簿外預金、入会金
右は冒陳二、8、10の通りであり之については被告人は、所得帰属時期についての認識を欠くから法四八条二を構成しない。
以上の諸点から起訴金額の内より金一〇二二万九五五八円也については罪なきものとして全て之を控除さるべきである。
第二点、原判決には、被告人等に左の如き有利な情状があるのに之を看過し過重な刑を言渡した量刑不当の違法が存する。
(1) 被告人は決断力、行動力に富み、小企業であつた被告会社を現在の如き規模にまで成長させることに成功した実力ある将来性、豊かな経営者であり、その双肩には従業員百数十名の生活がかけられている。
(2) 本件は小企業が中小企業、大企業へと拡大発展する段階における組織面、資金面、人事面のアンバランスから生じた不幸な事件であり、大場社長の企業を充実し業界発展に寄与せんとする意欲がじて生じた事件であり、通常の脱税犯に見られるごとき私利利欲をはかり、遊興浪費を重ねる為に之を行つたのは全く事情を異にしている。
(3) 大冷工業株式会社は三菱重工業(株)の冷房機販売部内において全国の五指に入る販売能力を持つ業界においても重要な地位を占める会社である。
三菱重工業(株)においても本件以後は之を重視し、資本及び人事面で同社を自己系列下におき厳格な管理指導を行い、再びかかる事故の生じなきよう万全を期している。
(4) 被告及び被告人の情状に関しては、三菱重工業(株)大場証人の供述に詳細に語りつくされているので之を援用する。
(5) 被告人は本件を深く恥じ経営者としての責任と社会的義務を自覚し逋脱金も全て完納し、以後は専門家の監督指導を受け適格な税務申告を行つて居り、再犯の危険は全く存しない。
(6) 右諸般の事情を考慮するとき原判決の刑は極めて重きに失し、特に罰金刑の額は逋脱税額に比し過酷という他はない。
栽判所におかれましても右上申の諸点を御考察の上、懲役刑については、短期の執行猶予を、罰金刑については之を半減の上御厚情ある御栽判を賜りたく控訴の趣旨を上申する次第である。